犬のしつけコラム第5回「ぎゃーーー!」になる、その前に。――小さな「嫌」を聞くケアの練習
現場のトリマーさんから、こんな話を聞くことがあります。
「若い頃は何でもやらせてくれたのに、シニアになって爪切りやカットを嫌がるようになってしまった。安全に続けることが難しくなる子もいる」
獣医師の講演でも、シニア期になると、それまで行えていた処置が難しくなることがあるという話を聞きます。
シニア期に起こる、さまざまな変化
シニア期の行動の変化には、さまざまな要因が関わります。
例えば、視覚や聴覚など感覚機能の変化。
身体に痛みがあり、触られること自体がつらくなること。
認知機能の変化が行動に影響することもあります。
だから、突然の行動変化を単に「頑固になった」「性格が変わった」と考えるのではなく、まず獣医学的な要因も考える必要があります。
こうした身体的・認知的な変化が関わっている場合、トレーニングだけで解決することは困難です。
では、トレーニングにできることは何なのか。
私が目を向けたいのは、まだ余裕のある「今」です。
「できる」と「不快ではない」は
イコールではない。
爪切りできる。ブラシできる。病院でじっとしてる。
だからといって、その犬が必ず「平気」とは限らない。
人には「突然」に見えた変化でも、それまで犬が見せていた小さなサインを、人が見逃していた可能性もあります。
「ぎゃーーー!」になる、その前に
ではトレーニングで何をするのか?
私が大切にしたいのは、「嫌なら嫌と言っていい。そして、その『嫌』を人が受け取る」練習です。
犬が「もう限界!!ぎゃーー!」と暴れ出してから、「わかった、わかった!嫌だね!やめようね」と言うレベルの話ではありません。
視線をそらす。
少し身体を離す。
耳の位置が変わる。
身体がこわばる。
犬が見せる変化は、その子によって違います。
大切なのは、「暴れなかったから大丈夫」と考えるのではなく、そのもっと手前にある小さな変化を見ること。
そこで手を止める。少し休む。やり方を変える。必要なら人が助ける。
小さな「嫌」が、
小さなままで人に届く。
犬が「これくらいで伝わるんだ」と知る。
人も「これくらいの声を聞けばいいんだ」と知る。
そんなやり取りも、人と犬との共通言語のひとつだと私は考えています。
共通言語は、人から犬への合図だけじゃない。
犬から人への『嫌』『待って』も共通言語なのです。
将来のための「共通言語」を、今から
犬が「ちょっと待って」と伝えられる。
人も、その小さなサインに気づくことができる。
そして、もう一度できそうなら、また一緒に始める。
ケアする人と、ケアされる犬。
どちらかが一方的に頑張るのではなく、お互いにやり取りしながら必要なことを進めていく。
若い頃には必要性を感じなかったそのやり取りが、年齢を重ね、ケアが必要になったときに助けになるかもしれません。
「今は何でもさせてくれるから、大丈夫」
そんな子にこそ、余裕のある今のうちから。
将来必要になるケアのための共通言語を、少しずつ一緒に増やしてみませんか。
【参考文献・資料】
Dhaliwal R, et al. 2023 AAHA Senior Care Guidelines for Dogs and Cats. Journal of the American Animal Hospital Association. 2023;59(1):1–21.